<コラム13> 2012.3
永原 伸彦
先日、脳神経外科の専門医であり認知症の治療にもあたっているS医師のお話を聞く機会がありました。彼のクリニックに併設してある「通所リハビリ施設」で、利用者やその家族の人たちと一緒に歌う時間をもっていて、その時好んで歌われる曲があるというのです。それは「上を向いて歩こう」と「故郷」です。歌集のどのページを開いたらいいかわからないような方もおられるけれど、この2曲になると一生懸命に声に出して歌おうとされ、特に「故郷」はみんな大好きだそうです。「故郷」の1番の歌詞と、S医師が特に好きだという3番の歌詞は次の通りです。
『故郷(ふるさと)』(作曲:岡野貞一、作詞:高野辰之 1914年)
1.兎追ひし かの山 3.志(こころざし)を はたして
小鮒(こぶな)釣りし かの川 いつの日にか 帰らん
夢は今も めぐりて 山は青き 故郷
忘れがたき 故郷(ふるさと) 水は清き 故郷
最初は患者さんのためにと思っていたけれど、S医師は何度も歌ううちにこの歌の深さに気づきました。特に、3番に出てくる「志」に注目しました。考えてみれば、志を果たし尽くして人生を終える人など多分一人もいない。人はみな、道半ばにして人生を終えるのだ。それはそれでいい。どんなに不完全であろうと、思い通りにいかなかった人生であろうと、故郷というものはいつも変らずに、そのままのあなたをそのままに受けとめてくれている。
山は青き故郷、水は清き故郷とは、どんな私、どんなあなたであろうと、常に変わらずに受けとめ続けくれている存在、つまり、わたしたちの憧れの存在である「永遠の故郷」を象徴しているのではないかと、S医師は語ってくれました。そして、それは生まれ育った土地としての故郷を超えた存在であるだろうと。だからあの患者さんたちも、あんなに素直に、あんなに気持ちを込めて「故郷」を歌うのではないだろうかと。
エンカウンターグループ体験の意義は、ほんとうに人それぞれだと思いますが、S医師の言う「うちなる故郷」「永遠の故郷」への道を耕し続けてくれていることも、その魅力のひとつではないでしょうか。